スウェーデン、ストックホルム。この街でもっとも身近にアートを感じられる場所はどこか。それは地下鉄の駅の中だ。

 

 全長106kmに及び、「世界で一番長い美術展」とも称される。約90もの駅の構内で、テーマの異なる独創的なアートが楽しめるというから驚く。各駅の壁面や天井に、鮮やかなペインティングやレリーフ、モザイクなど、多彩な装飾や仕掛けが施されているのだ。

 

 この地下鉄アートが誕生したのは、地下鉄が開業した1950年代のこと。「アートをもっと身近に」という運動が起こり、以来、駅という公共の場をアートと融合させるプロジェクトが進められた。単に作品を展示するだけではない、駅全体をアート作品に仕上げるという試みだ。そうして、現代にいたるまで約150名の芸術家がプロジェクトに携わり、個性豊かなアート空間が生み出されてきた。

伝統的なクリスマス飾り・ベレン

イルミネーションに彩られたマヨール広場

 1970年代に完成したソルナ・セントラム駅は、とりわけ強烈な印象を残す。岩肌が剥き出しになった洞窟のような駅。壁も天井も真っ赤に染められている。頭上に広がるのは燃えるように赤い世界だ。森を思わせる緑色とのコントラストも美しく映える。降り立った瞬間、あっと驚かずにはいられないだろう。

 

 作品テーマとなった時代背景にも思いを馳せたい。農村の過疎化や森林伐採など、完成当時の社会問題がメッセージに込められているという。ほかにも、各駅や路線で、時代を反映したテーマや芸術スタイルの違いを感じとることができる。

 

 ときに刺激や遊び心を、ときに安らぎとエネルギーを。美しく壮大で、創造性に溢れた赤い空間が、行き交う人々の日常に今日も彩りを添える。ここでは誰もが平等に、自由に、アートの恩恵を受け取ることができるのだ。

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