雄大な自然が溢れる熊本県阿蘇市。世界有数のカルデラを持つこの地に、神話伝承の時代から2,500年余りもの歴史を重ねる美しき古社がある。阿蘇神社だ。全国約500社を数える阿蘇神社の総本社であり、熊本を代表する神社である。

 

 阿蘇神社の年中行事として毎年3月中旬に行われる「火振り神事」。国の重要無形民俗文化財「阿蘇の農耕祭事」のひとつで、五穀豊穣を祈る田作祭(たつくりまつり)のなかで行われる。阿蘇神社に祀られた農業の守護神である国龍神(くにたつのかみ)と姫神の結婚を祝う儀式だ。

 

 日が暮れかかる夕刻。樫の枝葉で包まれた姫神の御神体が、嫁入り前の禊や化粧の儀を済ませて阿蘇神社に到着する。参道で待ち受けていた氏子たちは、一斉にカヤの束に火をつけて振りまわし、「御前迎え」で歓迎するのだ。静かな闇に燃え盛る炎が浮かび上がり、赤い弧が次々といくつも描かれていく。凛とした空気のなかで炎の輪は轟々と燃えて重なり合い、まるで神殿を舞う龍の如く、神秘的で優美。圧巻の光景となる。

フィンランドの北部ロヴァニエミにあるサンタクロース村

サンタクロース村の氷結温度計

 地域の人々の生活に根ざし、祭りや年中行事として古来より連綿と受け継がれてきた貴重な民俗文化。それは人々の切実なる生への祈りにほかならない。古の時代、五穀豊穣への願いは、今を生きる私たちが想像し得ないほどに強く深く、差し迫ったものだったろう。

 厳しい自然を畏れ敬い、豊かな作物の実りと暮らしの安寧を一心に祈る。そうした阿蘇の民の心が、現代の氏子が描く赤い炎の輪に確かに今も宿っている。炎の赤がこんなにも見る者の胸に響くのは、きっとそのせいなのだ。

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