2025年12月17日
世界の国や地域でカーボンニュートラルの実現に向けた目標が設定されていますが、航空輸送の分野でも、CO₂排出量の削減に向けてさまざまな取り組みを行っています。この記事では、カーボンニュートラルの基本や航空業界が“空のカーボンニュートラル”に取り組む背景を解説し、また、2050年までに「CO₂排出量実質ゼロ(ネット・ゼロエミッション)」を目指すJALグループの具体的なアクションを紹介します。
日本が掲げる「カーボンニュートラル」とは
地球温暖化の主な原因とされる温室効果ガスは、化石燃料の燃焼などを通じて大気中に排出されます。一方、温室効果ガスの大部分を占める二酸化炭素(CO₂)は、植物の光合成などによって吸収されます。
「カーボンニュートラル」とは、こうした排出量と吸収量のバランスを取ることで、温室効果ガスの排出を実質的にゼロにする状態を指します。
日本政府は2020年に「2050年までにカーボンニュートラルを実現する」と宣言。中間目標として、2030年までに温室効果ガスの排出量を2013年比で46%削減する方針を打ち出しました。
しかし、環境省の統計によれば、2022年度の温室効果ガスの排出量は約11億3,500万トン。一方で、森林などによるCO₂吸収量は約5,020万トンにとどまります。節電や省エネが進んだことで、排出量は1990年度以降での過去最低値を記録したものの、2050年の目標達成に向けては、さらなる取り組みの加速が不可欠です。
航空業界全体で目指す“空のカーボンニュートラル”
環境省のデータによると、2022年度の日本国内におけるCO₂排出量のうち、運輸部門が占める割合は約20%。そのうち、国内航空による排出量は約5%に上ります。また、国土交通省のデータによると、旅客1人を1km輸送する際のCO₂排出量は、自家用車に次いで航空機が2番目に多いという結果が示されています。
今後も世界的に航空需要の増加が見込まれており、業界全体でCO₂の排出量抑制は大きな課題です。こうした背景を踏まえ、国際民間航空機関(ICAO)は2022年10月、「2050年までに国際航空のCO₂排出を実質ゼロにする」という長期目標を採択。日本もこれに賛同し、同年12月には国土交通省が「航空脱炭素化推進基本方針」を策定しました。
航空業界では“空のカーボンニュートラル”の実現に向けた取り組みが、今まさに本格化しているのです。
JALが掲げる「CO₂排出量実質ゼロ」とは
業界全体で脱炭素化に向けた取り組みが加速する中、JALグループも「2050年のCO₂排出量実質ゼロ(ネット・ゼロエミッション)」を目標に掲げています。ここからは、そのロードマップについて、ESG推進部の前嶋が解説します。
「エアラインとして事業を継続していくために、航空機から排出するCO₂を可能な限り削減していくことは、私たちの責務です。一方で、島国である日本では国内外の人流・物流のネットワークを維持することも、国益につながる重要なミッションと捉えています。
この両立を図るべく、JALグループでは2030年度のCO₂排出量を2019年度比で10%削減する中間目標を掲げました。その先に見据えるのが、2050年までの『CO₂排出量実質ゼロ』達成です。
具体的な手段としては、『機材の更新』『運航の工夫』『SAF(Sustainable Aviation Fuel)の使用』『カーボンクレジットの活用』『除去新技術の活用』の5本柱による多角的なアプローチを実施しています」
JALのCO₂排出量実質ゼロに向けた取り組み ①機材更新や運航の工夫
ここからは、JALグループの具体的な取り組みをご紹介します。まずは機材の更新や運航の工夫について解説します。
機材の更新・新技術の活用
「運航機材の更新は、CO₂削減に大きく関わります。例えば、JALの国際線では2024年から、従来機に比べて約20%燃費性能が高い『エアバスA350-1000』を導入しました。2019年度時点で29%だった省燃費機材の比率を、2030年度には73%まで高める方針です。
さらに、2050年に向けて欠かせないのが、水素技術や電動化などの次世代航空機の開発です。2050年までの大型次世代航空機の商用化は、技術的にかなり厳しい状況です。そんな中、JALグループはスタートアップ企業とタッグを組み、エアラインとしての航空機の運航や整備の知見・経験を生かして技術開発に協力しています」
運航の工夫
「また、運航の工夫にも取り組んでいます。JALグループではこうした取り組みを『JAL Green Operations』と総称しています。
車でいう“エコドライブ”のようなイメージをしてもらえればと思いますが、例えば、着陸後に駐機スポットへ向かう際は、片方のエンジンだけで滑走路を走行することで、余分な燃料の使用を抑制。また、着陸時にエンジンの逆噴射を必要最低限にとどめることでも、燃費を改善することが可能です。
航行時に迂回を減らすなど飛行ルートの最適化を図ることで、飛行時間を短縮する取り組みも。これらは国際民間航空機関(ICAO)や国土交通省との連携が欠かせず、業界全体で協力しながら進めています。
さらに、JALは日本の航空会社として初めて、泡によるエンジン洗浄法を導入しました。従来の水洗浄に代えて、加熱した泡状の洗浄剤を使い、エンジン内部の汚れを化学的に除去する。これによりエンジンの燃焼効率が向上し、結果的にCO₂の排出も抑えられます。
また、客室部門での取り組みも欠かせません。例えば、お客さまが飛行機から降りた後、機内のウィンドウシェード(窓の日よけ)を下げることで機内温度の上昇を防ぎ、エアコン等の使用量を削減し、CO₂排出の軽減を図っています」
JALのCO₂排出量実質ゼロに向けた取り組み ②SAFの使用
次に、JALグループが力を注いでいるSAFの使用について、前嶋、そして国産SAF推進の旗振り役である喜多に聞きました。
JALのSAF使用の歩み
「SAFとは、使用済みの食用油や藻類、木くず、サトウキビ、古紙などを原料とする『持続可能な航空燃料』のこと。原料の調達から製造、輸送、燃焼に至るライフサイクル全体で、従来の化石燃料に比べてCO₂の排出量を約80%削減できるとされています。JALは2030年までに、使用燃料の10%(約40万キロリットル)をSAFに置き換えることを目標に掲げ、先駆的な取り組みを進めてきました。
その端緒となったのが、2009年。アブラナ科の植物『カメリナ』を原料としたSAFによる試験飛行を世界で初めて成功させました。この試みはアジアで初めて、食用とは競合しない非可食植物によるSAFを使った試験飛行として注目を集めました。
SAF使用には、他社との連携も欠かせません。2022年には日揮ホールディングス、レボ・インターナショナル、全日本空輸(ANA)と共同で、国産SAFの商用化や普及・拡大に取り組む有志団体『ACT FOR SKY』を設立しています」(喜多)
JALのSAFの国産化に向けた取り組み
「JALはSAFの国産化にも注力しています。2018年には、全国から不要になった衣料品約25万着を回収し、綿からSAFを製造するプロジェクトを開始しました。2021年には、この古着由来のSAFを搭載したフライトを実現し、国内初の国産SAFが完成。日本国内でもSAFが製造できることを証明したのです。
また、2024年からは『すてる油で空を飛ぼう®︎プロジェクト』がスタート。全国のスーパーマーケットに『すてる油リサイクルBOX』を設置し、各家庭から出る使用済み食用油を回収しています。集めた油はSAF製造プラントで再生後、航空機に搭載されます」(喜多)
原料確保の課題解決へ。「木」に着目したJALのアクション
「さまざまな取り組みを進めているとはいえ、SAFの普及にはなお、多くの課題が残されています。第一に挙げられるのが、原料の確保。2022年の世界全体のSAFの供給量はおよそ30万キロリットルですが、世界全体のジェット燃料供給量のわずか0.1%ほどしかありません。世界中の廃食油をかき集めても、全く追い付かないのが現実です。
一方、2025年1月から、EUの主要空港においては2%のSAFを混合して供給することが義務化され、来年以降は、シンガポールや韓国などアジア各国でも同様の動きが加速する見通しです。国際的に広がる義務化への対応は喫緊の課題になっています。
こうした背景を踏まえ、JALが次に注目したのが“木”でした。日本は国土の約7割が森林に覆われ、林地には手入れされず放置された間伐材などの未利用資源が多くあります。一方で、木材を原料としたバイオエタノールの製造技術は、すでに実用段階に入っている。こうした点を踏まえて、国産木材は、安定的かつ持続可能なSAF原料として大きなポテンシャルを持っていると考えています。
2025年2月、JALはエアバス、日本製紙、住友商事、Green Earth Instituteの4社と、国産木材由来のバイオエタノールによるSAFの実用化に向けた連携協定を締結。その取り組みは、『森空(もりそら)プロジェクト®』として、本格的に動き始めています。
SAFを“使う側”である私たちが参画することで、このプロジェクトの実現可能性は高まるはず。今後も、原料の供給から製造、輸送に関わるステークホルダーをつなぎながら、SAFの安定供給を支えるサプライチェーンの構築に取り組んでいきます」(喜多)
サプライチェーン全体でSAFの普及に寄与する取り組み「JAL Corporate SAF Program」
「一方で、SAFにはもう一つ、避けて通れないコスト面の課題があります。SAFの製造コストは、従来のジェット燃料の2~4倍と割高。これがSAFの使用を拡げる上で大きな障壁になっています。
そこでJALは2024年、企業間でSAFによる削減効果を環境価値として販売する事業『JAL Corporate SAF Program』を立ち上げました。このプログラムは、当社で購入したSAFにより削減したCO₂削減分を『環境価値』として証書化し、参画企業に提供するものです。つまり、JALの便に割り当てしたSAFのコストをご利用の企業に一部負担していただく代わりに、その企業はCO₂削減に貢献したという証明が得られます。証書は、温室効果ガス排出量削減の実績として、外部に報告する際にも活用できます。
特に貨物事業は、荷物を積めば積むほどビジネスとしては利益が上がりますが、重いものを運べば運ぶだけ、CO₂が排出されるというトレードオフの関係性にあります。
そんな中、本プログラムへの参加を通じて、法人のお客さまは自社のCO₂排出量を自社のバリューチェーンの中で削減できる(カーボンオフセットではなくカーボンインセットできる)ことに加え、航空業界の脱炭素化に向けたSAFの普及と拡大に貢献することができます。SAFの普及には、コストの壁を越え、多くの企業と連携して取り組む仕組みづくりが欠かせません。このプログラムが、SAFの社会実装を後押しする有効な手段になると期待しています」(前嶋)
JALCARGOの限りある資源の有効活用
ここまでは、旅客・貨物の両事業に関わるJALグループの取り組みをご紹介してきましたが、貨物事業ならではの環境問題に関する施策についてもJALCARGOの薬丸が解説します。
廃プラスチック
「航空貨物の分野では、これまで輸送用資材に新規石油由来のプラスチックが数多く使われてきました。JALグループでは、こうしたプラスチック資材を新規石油由来の原料を低減した製品へ切り替える取り組みを進めています。
貨物の濡損防止のために使用するポリエチレンシートは、輸送用資材の中でも特に使用量の多い資材ですが、これについてはすでに90%以上を新規石油由来の原料を低減した製品へ変更しています。
一方で課題が残るのが、輸送中の荷崩れを防ぐために貨物に巻きつける固縛用のストレッチフィルムです。この資材は、ポリエチレンシートと異なり、強度や粘着性等の機能性が求められるため、従来製品より劣るものを導入すると、現場の作業効率が悪くなるだけでなく、輸送品質の低下につながる懸念があります。脱プラを進める上では、環境配慮と輸送品質のバランスが重要です。現場の声を聞きながら、どこまで代替できるかを慎重に検討しています」
EV車両の導入
「また、JALCARGOでは空港内で使用する車両のEV化にも取り組んでいます。現在、貨物部門で使用するフォークリフトの約7割はEV車両を使用していますが、2024年には、パレットやコンテナの積み降ろしに使うハイリフトローダーでも、国内の航空会社として初めてEV車両を導入するなど、空港内の脱炭素化を加速させていきます」
持続可能な社会の実現に向けて
ここまでご紹介した通り、JALグループでは、CO₂排出量実質ゼロに向けて、さまざまな取り組みを実施しています。最後に、前嶋、喜多、薬丸の3人にそれぞれの視点から、今後の展望を語ってもらいました。
「CO₂の削減には相応のコストが掛かり、費用対効果のバランスをどう取るかが課題です。重要なのは、脱炭素と経済成長の両立を目指しながら、エアラインとしてサステナブルに成長していくこと。皆さまにご協力いただきながら、その仕組みを築くことが、今後の大きなテーマだと考えています」(前嶋)
「まずは2030年度のCO₂排出量を2019年度比で10%削減することが目標。取り組む期間がハッキリしている分、そこまでに“何をどうすべきか”を明確にイメージしながら日々取り組んでいます。その中で私がこだわっているのは、地域で原料を調達し、森林資源を循環させることで、地産地消型のモデルを各地に根付かせること。SAFの普及を、単なる燃料製造にとどめず、社会課題の解決につなげていきたいと思っています」(喜多)
「サステナビリティの取り組みは、JAL単独では完結できません。だからこそ、社外のステークホルダーとの日々の対話を大切にしています。そこで得た情報を社内の現場につなぐ橋渡し役として、『CO₂排出量実質ゼロ』に向けた取り組みを着実に進めていきたいと思っています」(薬丸)
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