2025年8月28日
2024年2月、JALが13年ぶりに貨物専用機(以下、フレイター)の運航を再開しました。eコマース市場の拡大など社会全体で物流ニーズが高まっていることを背景に、「新たなビジネスモデル」の構築を目指しています。
この記事では、フレイターとはどういうものかといった基礎情報から、JALが運航再開した理由や目的、再開後の国内外のお客さまの反応、今後の展望までを一挙にご紹介。JALCARGO関係者の想いを乗せたフレイター運航再開の裏側をお届けします。
JALが13年ぶりに運航再開した「貨物機」とは?
「貨物機・貨物専用機(以下、フレイター)」とは、貨物の輸送に特化した航空機のこと。お客さまにご搭乗いただく「旅客機」と比べて、機内の構造は大きく異なります。旅客機は客室の座席を床上に固定し、貨物は床下の貨物室(ベリー)に搭載するような構造。それに対して、フレイターは座席がなく、旅客機の客室にあたる床上も貨物室(メインデッキ)となり、床上と床下の両方に貨物を搭載できる構造です。
フレイターには、元から貨物専用の機体として作られた新造機もありますが、旅客機からの改修機も多くあります。2024年2月からJALが導入したフレイターも、2023年8月まで旅客機として使用していた中型機のボーイング767-300ERを改修した機体です。
JALが保有するボーイング767-300ER型機のフレイター。メインデッキに貨物を搭降載するための大きなドアを付けたり、側面の窓を全て閉じるなど、旅客機に改修を施している。
例えばこのボーイング767-300ER型機の場合、床上と床下の貨物室を合わせて約50tの貨物を搭載することができます。また、床下の貨物室では約1.6mの高さまでしか積めなかったものが、床上の貨物室には約2.4mの高さまで積めます。この0.8mの差が、フレイターの用途を大きく広げるのです。
迅速性・確実性に優れる航空輸送は、生鮮品、医薬品、電子機器、自動車部品などの輸送でよく利用されます。旅客機と比べると、フレイターは一度に運べる量が増えるだけでなく、半導体製造装置など旅客機では搭載できない大きなサイズの貨物も輸送することが可能です。また、国際的な航空運送ルール上、危険物として認定されている品目は航空機への搭載制約があり、その中にはフレイターでしか運べない品目もあります。昨今の先端産業に必要とされる部材の中には旅客機で運べない航空危険物に該当するものもあり、フレイターがその輸送の一端を担っています。
JALが貨物機を再開した背景や目的
JALがフレイターの運航を再開したのは、2024年2月。現在はボーイング767-300ER型機を3機保有し、成田国際空港や中部国際空港から、上海(浦東)、香港、天津、大連、台北(桃園)、ソウル(仁川)、ハノイでフレイターを運航しています(2025年4月時点)。
ここからは、JALがなぜ13年ぶりにフレイターの運航再開を決めたのか、その理由や狙いについて、フレイターの事業計画を担当する番塲が語ります。
コロナ禍を契機に新たな成長事業に
「運航再開の背景として、まずはコロナ禍の事業環境を経験したことが挙げられます。2010年の経営破綻でフレイター事業から撤退した後も、私たちは旅客機を使った定期貨物輸送に加え、需要に応じて他社フレイターを一時的にチャーターするなど、効率的な貨物事業に取り組んできました。ところが、コロナ禍で人の動きが止まり、旅客便の本数が減少する一方、貨物は動き続けました。その需要にお応えするため、旅客機に貨物だけを積んで運航することもありましたが、それでも当時かなりの供給不足が発生しました。
JALグループとしても旅客収入が減少し、新たな事業の柱を確立することが急務に。そうした中、成長事業の一つに挙げられたのが貨物郵便事業であり、成長を促進する手段の一つとして着目したのがフレイターでした」
変わりゆく社会ニーズを捉えて
「まずはアジア路線にフレイターを導入しました。貨物の需要は『アジアから欧米へ』という大きな流れがありますが、旅客便の床下貨物室だけではアジアからの供給が不足するという課題が生じていたからです。
最近の旅客便の傾向として、欧米線には大型機が中心に使われている一方、アジアなど近距離の路線では小型機が中心に使われています。旅客機でも、床下貨物室は大型機に比べ小型機の方が小さいため、フレイターをアジア路線に導入することで供給量を補完。アジアから日本へより多くの貨物を運ぶことができるようになり、欧米線の大型旅客機の床下貨物室を余すことなく最大限活用できます。それによって収支を上げ、事業を成長させていくことが今のステージです。実際、フレイターを導入したことで、旅客便の収支向上にも貢献しています。
また、13年前に貨物便から撤退したときの課題であったボラティリティ(変動性)リスクについても、現在の航空貨物のマーケット環境を踏まえて対応しています。特に、近年はeコマースの世界的な普及によって、航空貨物の需要が押し上げられており、DHLさまのような小口貨物を大量に扱う国際輸送物流会社と提携することで、安定的な需要を確保しています」
貨物機復活までのJALCARGO担当者の想い
こうした経緯で再開することになったフレイター事業ですが、13年ぶりともなると実際の運航においてはさまざまな困難がありました。フレイターの運用に携わる吉澤と宮田に、運航再開までの道のりや日々の業務で心を砕いていることを聞きました。
8カ月で発着枠の確保から機体の改修まで
「2023年5月にフレイター導入が決まってから、最初の大きなミッションは、仁川国際空港の拠点開設と就航を計画する空港のスロット(発着枠)の確保でした。2018年以降、JALの成田―ソウル(仁川)線は休止していましたが、DHLさまとの提携にあたってソウル(仁川)線の開設は不可欠でした。また、フレイター路線の開設にあたり、新たにスロット枠を確保する必要があったため、IATA(International Air Transport Association:国際航空運送協会)スロット調整会議に参加して各国と調整を行ったり、日本や現地の当局へ申請を行なったり、その他にも細かい調整を重ねていきました。
新しく路線を開設する際には本当にさまざまな事前準備が必要で、多くの部署と連携して、不備や漏れのないよう進めることに神経を使いました。その際、旅客便のダイヤを作る部門とも連携して、彼らの知恵も借りながらフレイターのダイヤ作成を行いました。
その間に機材の改修も同時に進めていたのですが、初号機は2023年9月からシンガポールで改修を開始。就航開始直前の2024年1月に初号機が帰ってきてからは、主要拠点の成田国際空港で貨物の積み下ろしなど地上作業の訓練をしたり、中部国際空港へテスト運航をしたりといった最終準備を行いました。そうして無事に2024年2月からのフレイター運航開始に辿り着いたのです」(吉澤)
搭載効率を高めるシステム開発も。JAL一丸で13年ぶりに叶える「夢」
「運航後も継続して注力していることの一つが、フレイターの機能拡大です。フレイターは旅客機よりも搭載できる貨物のスペースが広がるため、積み方のバリエーションも多様になります。お客さまの多様なニーズにお応えするとともにJALとしても収支を最大化できるよう、搭載効率を高めるためのシステム開発に今まさに取り組んでいるところです。
13年ぶりのフレイター運用となると、以前のノウハウが残っている部分もあればそうでない部分もあるのですが、私が携わっている機能拡大は、ゼロベースのシステム開発がほとんどでした。中には『本当にこれできるの?』ということもありましたが、前向きに知恵を絞ってくれる社員も多く、さまざまな部署の声を聞きながら開発を進めています」(宮田)
「一方、運航再開にあたっては13年前にフレイター事業に関わっていた社内のベテランの方々からアドバイスをもらうこともたくさんありました。今回のフレイター再開は、そういった方々からノウハウを継承するタイミングとしてはぎりぎりだったのかもしれません。
貨物事業に関わる人にとってフレイターは一つの『夢』。私自身、貨物事業に携わりたいと思ってJALに入社したので、フレイターが再開すると聞いた時はモチベーションが大きく上がりました。それと同時に、コロナ禍を通じて貨物事業の重要性を感じていたので、このプロジェクトに携わる責任の重大さに身の引き締まる想いでした」(吉澤)
JALの貨物機に対するお客さまからの反応
フレイター運航開始から1年以上経過しましたが、お客さまの利用は順調に増えています。国内のお客さまからの反響について、航空貨物代理店への営業を担当する芹澤が語ります。
「何よりもうれしかったのは、お客さまからの『待ってました』という声です。お話をさせていただく中で、『JALがフレイターを運航してくれないと始まらない』と言っていただくこともありました。
評価していただいているのは、やはりサービスの品質やきめ細やかさです。JALでは、空港スタッフと営業スタッフが一体となって、お客さまの大切な荷物をお預かりしています。お客さまの貨物に対する想いをしっかりとキャッチアップした上でサービスに反映できるよう、営業スタッフから空港スタッフへの情報共有の場を多く設けているのも特徴です。特に扱いが難しい荷物であれば、私たち営業スタッフも空港に行って積み込みに立ち会うなど、お客さまが少しでも安心できるよう心がけています」
うれしい反応は海外のお客さまからも
一方、海外のお客さまからはどのような反応が寄せられているのでしょうか。企画部中国室で運航再開にあたって調整役を担った王に、苦労した点や今後の意気込みを含めて話を聞きました。
「中国大陸でのフレイター運航再開にあたっては、やはり運航ダイヤや発着枠の調整に苦労しました。特に、上海(浦東)や天津、大連は『混雑空港』のため、新しい申請に対する許可の取得が難しい空港です。そのため、何度も現地の民用航空局に足を運び、地元の空港公団の力も借りながら2カ月ほどかけて申請の許可を得ました。
晴れて運航再開してからは、お客さまの期待の大きさを感じました。運航がストップしていた13年間で、『JALにフレイターはありますか』と聞かれたことは一度や二度ではありません。お客さまの記憶に、JALの品質の高さが刻まれていたのでしょう。
中国大陸発の貨物でいうとeコマース市場の拡大に伴い、日用品や電気製品などの需要が増えています。多様化するお客さまのニーズに応えられるよう、これからも安全管理やサービス品質の向上に取り組んでいきたいと思います」
豊かな社会に貢献する貨物機事業を目指して
最後に、フレイター事業全体の今後について、番塲に展望を語ってもらいました。
「将来に向けては当然、輸送エリアも広げたいし貨物を運ぶための供給量もさらに増やしていきたいと考えています。そのためには他社の大型フレイターを活用するなど、状況に応じた手段を検討しながら、この事業を成長させていきたいですね。
JALグループでは『誰もが豊かさと希望を感じられる未来を創ります』という将来に向けたビジョンを掲げています。フレイター運航を再開したこの1年でご相談いただく案件が増え、ビジネスの幅が大きく広がりました。その中で、モノが動くところにはそれぞれ理由や背景があって、貨物一つひとつにたくさん人の想いが詰まっていることをより多く感じています。モノが活発に動いているということは、貨物に込められたたくさんの想いが届けられ、届けられたモノによって笑顔になっている人たちがいる、ということ。『豊かさ』の定義はいろいろあると思いますが、これも一つの『豊かさ』だと思っています。JALCARGOの事業成長を通じて、『豊かさ』を感じられる社会に貢献していきたいですね」
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