声をかけるのはもとより、咳払いをするのも憚られる。佐賀県有田町『柿右衛門窯（かきえもんがま）』の“絵書座（えかきざ）”と呼ばれる絵付け作業場では、職人さんたち15名ほどが黙々と筆を動かしていた。陽光をふんだんに取り込むための大きなガラス窓に守られた、板張りの室内。そこを窓越しに見つめる。際立って防音を強化した窓ではなさそうだが、室内はまったくの無言無音。カタリとも音がしない。BGMの類も流れてはいない。
絵書座、細工場、仕上場と、工程によって3つの作業空間が設けられている。総勢40名近い職人さんたちは、それぞれの持ち場で根を詰め、集中を切らさない。老若も男女も入り交じっている。最高齢は80代の女性だと聞いた。
「普通の会社と同じように定年も設けているのですが、腕の立つ職人さんには引き続いて仕事をお願いしているんです」
と、十五代酒井田柿右衛門さんは柔らかな口調で言った。日本で初めて赤絵（色絵）の技法を開発し、柿右衛門様式と称される余白を残した構図と繊細な絵柄の磁器を現代に伝える名窯。
「先代から口伝されたこと」をうかがうと、ひと呼吸置いてから丁寧に教えてくださった。
「とにかく『スケッチをしっかりやりなさい。手が覚えるまで対象物を見る。いくつになっても、それを怠らないように』。これは繰り返し言われました。
「“きれい”と“美しい”は別物だということを知りなさい」も口癖でしたね。「きれいは上辺だけのごまかしも利くけれど、美しいは内面から滲み出てくるもの。それを取り違えてはいけないよ」と」
（スカイワードより一部抜粋）