コックピット日記

「コックピット日記」は4人の機長が毎月交替で、パイロットに関する話や日常の乗務で出合ったこと、ちょっとした役立つ情報などを、読者の皆さまにお届けするエッセイです。

Captain89  スタンバイ文=中村貴幸(日本航空機長)

とある日の午前8時20分。 自宅でくつろいでいる私に、会社から一本の電話がかかってきました。
「山形、三沢(みさわ)への4レグをお願いしたいのですが…」
 この日、早朝5時から午後1時まで、スタンバイになっていた私は、「分かりました」と応えると、担当する飛行機を確認し、羽田空港へ向かいました─。
 パイロットにとっては、時折ある出来事なのですが、聞き慣れない専門用語も出てきましたので、少し解説したいと思います。
 まず、"レグ"とは、飛行機の世界でフライトの回数を示す単位です。今回の場合、羽田空港から山形空港へ飛び、折り返して羽田へ。引き続き、同じ飛行機で三沢空港へ飛び、最後に羽田へ戻ってきて終了という、4つのフライトを担当するという意味になります。
 次に"スタンバイ"とは、交代要員として準備しておくという任務です。その日のフライトを担当するパイロットは、あらかじめ決まっていますが、予定されていた機材の変更、急な体調不良などに備えて、複数のパイロットが待機しています。
 このスタンバイには2種類あり、空港内の控え室で待つ"出社スタンバイ"と、通常の"スタンバイ"に分けられます。
 前者は、羽田空港にある控え室で、すぐに交代できるよう待機するもので、機種ごとに、機長と副操縦士がスタンバイしています。
 一方で、今回のケースは後者にあたり、自宅で待機することになります。スタンバイの任務中は、会社からの連絡を受けることができ、準備を整えて、直ちに仕事へ向かえる状況にあることが求められるため、おのずと電話の近くで待つことになります。
「交代が必要な場合は、すぐ近くにいる、出社スタンバイの人が優先されますよね」と、思われるかもしれませんが、実際には逆のケースが多く、自宅でスタンバイしているパイロットから呼ばれるのが一般的です。というのも、出社スタンバイのパイロットは、いつでも交代ができるため、緊急時のために、最後の最後まで残しておくようです。
 ちなみに、出社スタンバイの際は、急遽、到着地での泊まりになる可能性もあるため、あらかじめ宿泊用の準備も欠かせません。
 スタンバイの目的は、皆さんがご利用になるフライトを、時間通りに運航するためです。そのために、見えない裏側では、パイロットをはじめ、多くのスタッフが日々、努力しています。

日本航空 月刊誌『AGORA』より(2003年から連載中)