
![心を調える日本旅 空海の見た風景 [高知 室戸岬レポート]](img/report_title.jpg)
実在した人物でありながら、没後1200年の時を経た今もなお卓越した存在として崇められる空海。そのあまりにも大きな功績を残した人物が、青年時代に修験道の場として自ら選んだ地が高知県・室戸岬です。
圧倒的な大自然が織り成す風景の中、彼が何を見、何を感じ、何を伝えたかったのか。そんな思いを馳せながら、室戸の地へ「心を調える旅」に出ました。
【レポーター】
運航本部
運航訓練審査企画部 基準室
調査役 777機長
大矢 元弘

太平洋に突き出た室戸岬。長い年月をかけて形成された荘厳な地形、そして岩場に打ちつける荒々しい波は、少し近寄るだけでも怖い位の力強さ。
太古の時代から繰り返されてきた巨大地震により生み出されたこのダイナミックな風景からは、地球の持つ大きなエネルギーを強く感じる事ができます。
空を飛んでいても、雄大な積乱雲、新幹線程の速さの上層風、時として零下70度近くにまで下がる外気温等々、また違った形で自然の力強さを感じることはできますが、それはあくまで機内から感ずる自然。ここ室戸では、波の音、風の感触、香り等、その雄大な自然を体全体で感じる事ができ、この自然の中において自分の存在が如何に小さいかを改めて思い知らされました。
今から約1200年前の平安時代、のちに中国から真言密教をもたらした弘法大師が修行をし、悟りを開いたのがこの御厨人窟。この洞穴から見える空と海に感銘を覚え「空海」と名乗るようになったそうです。
今では海からずいぶんと高台にあり、前には道路が走り、地面の隆起によって海岸線の位置も当時とは違うとの事でしたが、ひとたびその中に入り、外へ目を向けると、神々しい景色を目の当たりにする事ができました。
雑音も無く、ただただ洞窟の中に響く波音、そしてその空気感。五感に訴えかける「何か」を肌で感じる事で、空海がこの地を修行の場に選んだ理由が、おぼろげながら分かる様な気がいたしました。

高知県の四国霊場で最初の札所となる最御崎寺は、室戸岬の先端に近い山の上にあります。
こちらでは、整備された道を使わず、昔ながらのお遍路道を辿って参拝いたしました。
この先にお寺が有るとは到底想像できない急な山道を登る事約30分。汗をかきながら頂上に達することで、この地にどうやってこれだけの物を建立したのか、当時の人々の思い入れの深さに感服する一方、当時のお遍路さんの参拝風景も想像することができました。
長きに亘り受け継がれて来た由緒ある寺を守る。そういった歴史の重さを背負われている御住職に、その大変さをお察しする旨お伝えいたしましたところ、逆に、多くのお客さまの命をお預かりして飛行機を飛ばす事の方が余程大変なのではないですか、とのお言葉を頂戴いたしました。日々、お客さまの大切な命をお預かりしているという自覚を持って仕事に就いておりますが、知らず知らずの内に心にのし掛かっているその重圧が如何程のものか、御住職とのお話を通して、客観的に見つめ直す事ができました。


最御崎寺では、室戸岬を一望できる部屋にて写経を体験することができます。
慣れない正座で臨んだ写経。古人が心穏やかに書写する姿を頭に思い浮かべながら筆を手にしたものの、足のしびれには勝てず。それでも、筆を進める内に何故か心が洗われる様な感覚が得られたのが不思議でした。
室津港を見下ろす小高い山の上にあるお寺。延命地蔵菩薩は、海上守護の仏様として、漁師から篤く信仰されているそうです。
大海原へ繰り出す漁師の気持ち、またその姿を見守る家族の気持ち、そういった人々の想いが形となったこの津照寺を参拝する事により、その土地土地におけるお寺の存在には、一つ一つ大きな意味があるのだと言う事に改めて気付かされました。

最御崎寺 が「東寺」と呼ばれているのに対し、「西寺」と呼ばれているのが、この金剛頂寺。
木々の生い茂る石段を登ったその先、静けさの中に突然現れる明るい日差しに感動。原始林の椎に覆われて静寂さがただよう境内にたどりつきます。
風の音、虫の声、自然を身体に感じることのできるこの石段を登っていると少しずつ心が調えられて行く気がします。
高知県で最も高い所にある神峯寺。ここからの眺めは最高です。境内に湧き出る清水は名水としても有名だそうです。
緑の多さ、木々の音、鳥のさえずり、本当の意味での静けさを身体で感じることができ、邪念が取り払われて行く気がします。


弘法大師が一夜にして建立したと伝えられる岩屋。ここには、大師が唐から持ち帰ったと伝えられる如意輪観世音像が祀られていたそうで、大師とこの室戸の地の縁の深さをうかがわせる場所です。
へこんだ部分に置かれている班レイ岩で叩くと、到底石から発せられているとは思えない鐘のような金属音が響きます。この音は、冥土まで届くと言われているそうです。境内の雰囲気と相まって、心に沁みる良い響きでした。


昔、土地の者が芋を洗っているところへ弘法大師が通りかかり、その芋を乞うと、その者は「これは食えない芋だ」と断ったそうです。するとそれ以後、その芋は本当に食べられなくなってしまったのだとか。
芋、というので極々普通の芋に近い姿を想像していましたが、実際に見てみると、その葉の大きさには驚かされました。「食べられない芋」にはなっても、しっかり漢方薬としてその役を全うしている所が、如何にも空海七不思議らしいところです。
弘法大師の母である玉依御前が、修行していた大師の身を案じ、当時女人禁制であったこの地を男装して訪れた際、最御崎寺へと登る遍路道の途中で突然の嵐に襲われたそうです。その嵐から御母堂様を避難させる為に大師が法力で捻じ曲げたと言われる岩。そこで念仏を唱えて嵐を静めたそうです。母子の絆の深さを感じます。


弘法大師が修行中に行水したとされる池。
海辺にあるにもかかわらず、この池の水は真水だそうです。
弘法大師がこの水で人々の眼病を治したと伝えられる池。目が命の我々パイロットにとっては、本当であって欲しい言い伝えです。


毎夜海中より毒龍が現れ行法の妨げをしようとするので、弘法大師が真言を唱えると海岸の石が星のように光を放ち、毒龍がその光に恐れをなして逃げ去ったと言う伝説の石。
斑レイ岩ですが、海岸近くで日差しが強いと、さぞキラキラときれいに輝く事と思います。
今回宿泊先としてお世話になったウトコオーベルジュ&スパ。地球の営みから生まれた荘厳な室戸の地に在り、その部屋からは、かつて空海が修行の際に眺めていたであろう海景色が一望できます。ベットに横たわって外に目を向けると、そこには何物にも邪魔されない空と海。そして朝には、そこから昇る太陽も拝む事ができます。部屋はとてもモダン且つシンプルなので、部屋に居ながらにして大自然の中に身を投じている様な、心安らぐ一時を過ごす事ができました。仕事柄、そしてまた家族旅行でも、国内外の地を訪れる事が多いのですが、部屋で横になるだけでこれだけの景色が目に飛び込んでくる施設は初めてでした。

飛行機では欧米へのフライト等、東西に飛ぶ事も多いのですが、東行きの機上から見る日の出の早さは、地球の自転に飛行速度が加わって約1.5倍。
そんな日の出が当たり前の生活を送る中、地に足を付け、波音を聞きながらゆったりとした早さで優雅に昇る日を見つめているだけで、心洗われる気分になりました。
今回の旅の直前、ジオパークとしての認定を受けた室戸。この地を訪ね、地球の壮大なドラマの果てに生まれた現在の地形を目の当たりにすれば、誰しもが納得することと思います。そして、この地を修行の場として選んだ弘法大師こと空海が、当時この自然の中で何を感じ、何を想ったのか。そんな、壮大なる自然と偉大なる先人への思いを馳せながら過ごした一泊二日の旅でした。
我々パイロットには、如何なる時も平常心を保てる精神的な強さが求められます。どんな静穏な日でも悪天の中でも、また機材故障が起こったとしても、飛行機を地上に降ろすまでは決して焦らず、気を抜かない。一見、フライトが終わった瞬間にその全てのストレスから解き放たれるかの様に思われがちですが、実際にはその度毎、心のどこかに少しずつ溜まっていくものが有るのだと言う事に今回の旅を通して気付くことができました。そしてこれは、我々パイロットのみならず、現代を生きる全ての方に共通していることだと思います。
現代の生活は、一見何もかも満ち足りている様に見えますが、実はそれは物質的に満たされているだけで、精神的には寧ろ疲弊しやすい。そんな我々現代人がより人間らしく、今の社会を前向きに進んでいく為には、時として自分を振り返り、明日を見つめ、心を調える旅が必要なのだと思います。
今回の旅を終え、ふと「無を以って在を成す」という言葉が頭に浮かびました。そんな旅でした。
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