
![心を調える日本旅 不昧公ゆかりの地を巡る [島根 出雲・松江レポート]](img/report_title.jpg)
出雲松江藩第7代藩主,松平治郷(まつだいら はるさと)は,破綻寸前の松江藩で治水工事や特産品の栽培といった農業政策及び倹約令,年貢徴収引き上げなどの引締め政策を実行して藩の財政を立て直しました。
一方,治郷は不昧公(ふまいこう)として不昧流を創設した茶人としても知られています。のちに茶器での散財が一因となって財政が再び悪化したにもかかわらず,松江銘菓の多くが「不昧公好み」と名付けられ,松江の人々に今も愛されている不昧公。
今回は江戸時代を代表する才能豊かな茶人である不昧公の愛した松江を訪れました。
【レポーター】
運航本部
737運航乗員部
機長 相澤 透

松江城は,5年の歳月をかけて慶長16年(1611)に竣工しました。松江城は千鳥城ともいい,全国に現存する12天守の一つで,山陰では唯一の天守閣を持つ城です。
松江には,「縁雫」(えにしずく)という言葉があるようです。最近、女子高校生が松江の雨に思いをこめてつくった言葉だそうです。松江の雨は心をリセットし,ステキな縁を運ぶ雨なのです。 不昧公ゆかりの地を巡る旅の始まりは,そんなすてきな雨が迎えてくれました。 黒を基調とした天守閣とこの日の白い曇り空とのコントラストがとても印象的でした。
松江城を囲む堀は一部,築城と同時に造られ,今もそのままの姿を残しています。
この堀を小舟でめぐる「堀川めぐり」の醍醐味は,舟に揺られながら見る松江城下の懐かしい日本の風景,築城400年の時を越えその姿をいまだに残す森の自然や堀の美しさを楽しめることです。
高度1万メートルからの景色とは正反対,低い目線からの町や城の風景は安定感が心地よく,松江の空の広さが感じられます。当日は雨模様でしたが,静けさの中で広がる水面の波紋に心が落ち着いてきました。

「縄手」とは細く延びる一本道のことで,松江藩老中,塩見小兵衛の屋敷がこの通りの中央にあったことから命名されたと言われ,当時のままに武士の武家屋敷が立ち並び,城下町の情緒を満喫することができます。
塩見縄手の武家屋敷は正面から主人居間のあたりまでには手の込んだ作りを施して武士としての矜持を示しつつ,私的な部分は簡素にするという松江藩武家の堅実さが垣間みられます。
必要最小限の機能に絞り込まれたB737-800のコックピットと対照的,古くて重厚なものに囲まれていると,初めての場所でもあり非日常であるにもかかわらず,不思議と心が落ち着きました。
松江城から武家屋敷まで人力車の数分の旅。車夫(しゃふ)さんに気兼ねしてしまうあたりが 「乗っていただく側・乗員歴24年」,殿様気分を味わえない自分に苦笑しながら,それでもいつもとは異なるアイポイントでの風景を楽しみました。
江戸時代の姿のままで現存する測道の松並木。街道沿いの松並木でありながらも,人が松に合わせて道を作り,松の姿を生かした中で生活をしている風景は「あるがまま」を重んじる禅の心に通じるものが感じられます。いつも横目で見ている空港近くの防砂設備としての松林とは異なり,不昧公の心を今も受け継いでいる松江の人々が暮らしの中で一本一本を慈しみ,育んできたことが伺われました。

茶会席の献立をはじめ,出雲に帰った時に詠んだとされる「新蕎麦(そば)や待てば久しき花の里」の一句など,不昧公のそば好きはあちこちの記録に残っています。
出雲そばは,戸隠そば(長野県),わんこそば(岩手県)と並び三大そばの一つに数えられています。
出雲では割子と釜揚げが有名ですが,雨の水辺を散策して冷えた体を温めるための鴨南蛮,割子そば,そして秋の味覚舞茸のてんぷらをいただきました。作家の澤地久枝氏はエッセイの中で,ご自身が無類の麺好きであり「海外旅行の帰りに機内食でそばが出ると一本も残さず食べてしまう」というような話を書かれています。日本航空が機内でお出しているおそばは付け合わせ程度のもの,とても有名店の一品にかなうものではありませんが,日本を長く離れていたお客さまには,なにより日本を思い起こさせる,心に響く一食になるのでしょう。

界 出雲の茶室で三斉流(さんさいりゅう)のお茶をいただきました。三斉流は豊前小倉藩・細川忠興(ほそかわ ただおき)を祖とする流派で,不昧公は松江にまず三斉流を広めたとされています。
茶道のたしなみの全くない私に,供された一服のお茶は思わぬくつろぎを与えてくれました。お点前といえば,厳粛な作法の中,儀式として行われるものという思い込みを持っていたのですが,亭主のおもてなしの心は不慣れな客人を緊張させるものではなく,自然と心を落ち着かせ,穏やかな気分を与えてくれるものでした。
逆に私自身,年間300回の離発着を繰り返し,3万人以上のお客さまにご利用いただいていますが,飛行機に不慣れなお客さまにこそ,おもてなしの心をもって快適な空の旅をお届けできているだろうか,普段の自分のフライトを深く省みるひとときでもありました。


手入れの行きとどいた純日本庭園に佇み,ほんの少し色づいた木々を見て,季節の移り変わりを感じ取ることができました。いずれ紅葉も終わり雪景色,そして春と四季折々の変化を楽しめそうだと思いつつ,ふと我に返り今年の積雪はどうだろうか,と早くも冬期運航の心配をしてしまいました。
回遊式の廊下に配されたライブラリーラウンジでは,ゆったりとしたソファに座り,瑪瑙(めのう)の産地である花仙山の名水で淹れたコーヒーを飲みながら,出雲・松江に関する本を読むことができます。
秋の夜長にゆったりと小泉八雲や出雲の歴史にふれるひととき。定時性に追われ,読書はもっぱら飛行マニュアルという,いわば不昧公の対極にある私のような無粋なパイロットにはとても贅沢に感じられました。


日本最古の美肌の湯と言われ,「一度入浴すると容貌が美しくなりさらに入浴すると全ての病気は治る。昔から今まで効果がなかったことがない。このため人々は『神の湯』と呼んでいる」と約1300年前の「出雲国風土記」に記述が残されています。化粧水にとても近い泉質は,肌へのあたりが良く,静けさと木漏れ日の中,時を忘れ穏やかな気分になり,いつまでも入っていたい温泉でした。
「古事記」にも登場する勾玉作りの神像を祀る玉作湯神社の境内にある「真玉」は,「願い石」として遥か昔から願い事を叶えてくれると,お参りする人々に親しまれています。
石を触りながら,家族の健康とJAL全便の安全運航を祈りました。

ここ月照寺は代々の松平家の菩提寺として栄えてきました。境内には,不昧公が愛用しており,今でも使われている「茶の湯の井戸」や不昧公の恩顧を受けた江戸時代の名力士「雷電の碑」などがあります。
木々を抜ける風の音と10月には珍しい蝉の音が耳に心地よく感じられました。
観月庵(かんげつあん)は不昧公が城中から舟で訪れては茶事を催したとされる場所です。茶室左側には崇山に登る月を観月するための丸窓があり,薄暗い本席から丸窓の外を眺める茶人大名たちの楽しんでいる様子が聞こえてきそうです。
昨日までの雨も上がり,小春日和の中,お菓子とお茶を楽しみながら,庵の由来を聞き,不昧公の愛したゆるやかな時間を感じ取ることができました。

島根 出雲・松江での心を調える旅のしめくくり,出雲縁結び空港から車で約30分,ちょっと足を延ばし,出雲大社に向かいました。
大国主命が奉られる縁結びで有名な出雲大社。旧暦十月には日本中の神様が集まり縁結びの会議がなされるといいます。そのため,全国の暦は十月を「神無月」といい,出雲では「神在月」と呼ばれるそうです。
今回の出雲・松江での「ご縁」を通じ,旅の素晴らしさ,その「ご縁」を結ぶ旅のお手伝いをしていることを改めて感じました。
パイロットといえば飛行機を操縦して世界の空を自由に飛びまわるという伸びやかなイメージをお持ちの方が多いかも知れません。しかし残念ながら実際は狭いコックピットの中,騒音に悩まされながら刻々と変化する天気を相手に,定時の離発着をめざして「悲観的に準備し,楽観的に対処」しなければならない仕事であるといえます。一瞬の判断ミスが,自分のみならず多くの人命を損なうことになりかねないという職業,初フライトから四半世紀たった今でも,またこれからも決して慣れるという事はありません。
不昧公の不昧は「不落不昧」から命名されたもので「不昧」とは,欲に心がくらまされないことを意味します。しかし,ここでいう「欲」とは単に物質的なものをむさぼることのみをいうのではなく,物事への執着心やより高いものを求める気持ちも含まれるのではないでしょうか。
今回松江を訪れて,不昧公の愛した日本の原風景が色濃く残る松江の町を歩き,お点前をいただくという経験は非日常でありながらなぜか懐かしく感じられるひとときでした。
松江は大々的な観光地ではありませんが,ストレスフルな現代人が心を調える旅にふさわしい風が吹く町です。
普段意欲的にお仕事をされ,時間に追われているビジネスマンの方にこそ「不昧」を体験していただきたいと思いました。
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