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A WORLD OF BEAUTY

February 2013 カンポン・モルテン、マラッカ、マレーシア マラッカ市内中心部に位置するカンポン・モルテン地区では、高床式マレーハウスの鮮やかな色彩と独特のデザインを見ることができる。ハイビスカスはマレーシアの国花。 アクセス 成田、関西からJAL便またはコードシェア便でクアラルンプールへ。マラッカへは車で約2時間。

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Kampung Morten, Malacca, Malaysiaとりどりの文化が彩る街、マラッカ。マラッカ海峡に面するマラッカは、古くは大航海時代から多くの貿易船が集まり、ヨーロッパとアジアを結ぶ東西貿易の要衝として栄えた街。16世紀以降、ヨーロッパ諸国からの強い影響を受けたことで、街には西洋の文化と東洋の文化が共存し、息づいている。多様な民族や文化、信仰を内包してきた街は、旅する人をいつだって寛容に、やさしく受け入れてくれる。Photo by Yasuhito Dozono Text by Yuriko Kobayashi
人と文化が織り成す美しい街、マラッカ。クアラルンプールから車で2時間。シンガポールから5時間。マラッカは、海に面したうつくしい街だ。高層ビルが立ち並ぶクアラルンプールに比べればのんびりしているけれど、そこまで田舎というわけでもない。街に出ると、東南アジア特有の湿った空気を感じる。南国の花かフルーツか、どこからともなく漂う甘い匂いと、生暖かい空気。それが東南アジアに来た、という確かな実感をくれる。オランダ広場に出た。マラッカ市街は、ビルや住宅が立ち並ぶ、ごく普通の街だと思っていたのに、いざ街に入ってみると全然違う。なんというか"鮮やか"なのだ。極彩色の花かざりをつけたトライショー(人力車)が行き交っていることもあるけれど、何よりも、街を歩く人々が華やかに見えるのだ。マラッカは古くから東西貿易の要衝として栄えた街。長い歴史のなかで、モノだけでなく、人や文化が行き交い、多様な人種や文化が混在するようになったそうだ。街の交通標識にはマレー語、英語、中国語、アラビア語の表記。街を歩けば、マラッカがどれほど多民族都市であるか、よくわかる。すれ違う人々の顔つきも服装も言葉も、さまざま。マラッカという街に来てまず感じた"鮮やかさ"とは、こういうことだったのだ。マラッカには多様な人々が発する、多様な文化がある。そしてそれこそが、この街のもつ魅力なのかもしれない。
マレーと中国を繋いだ人々、プラナカン。オランダ広場からマラッカ川を越えると、街の表情が変わった。漢字が増えて、住宅の様式もどこか中国風になる。ガイドブックによると、この周辺はオールドタウンと呼ばれる地域で、中国系の人々が多く暮らしているらしい。「プラナカン」という言葉を、マラッカに来てはじめて知った。プラナカンとは、中国から渡ってきた人々が地元の人と家庭を持ち、その間に生まれた子孫のこと。マレーシアと中国のエッセンスを巧みに融合させて、独自の文化を築いた人々だという。そしてこのオールドタウンこそ、プラナカンが作った街なのだ。赤や金をふんだんに使ったデザインの住宅や、街角のそこここにある提灯飾り。全体的に"めでたい"感じがするのは中国の影響。でも足元を見ると、繊細なタイル画が施されてあったりする。これはヨーロッパ文化の影響だろう。一見するとちぐはぐなものが、ここでは違和感がない。それどころか、もともとここにあった確固たる文化のように見えてくるから不思議だ。プラナカンとは、なんて絶妙なセンスを持った人たちなのだろう。オールドタウン目抜き通りから1本逸れた道を歩く。白亜の尖塔をもつイスラム様式のモスク、華やかな中国様式の寺院、インド様式のヒンドゥー寺院が軒を連ねているのに驚く。小さな路地のなかにさえ、この街のもつ寛容さがありありと息づいている。
カンポン・モルテン、多民族国家に残る伝統。多様な文化が交錯するマラッカにあって、この土地固有の文化を見られる場所があると聞いて、足をのばすことにした。インド人街を越えて、北へ少し歩く。マラッカ川沿いにある小さな集落が「カンポン・モルテン」、伝統的なマレーハウスを残す地区だ。サーモンピンクやレモンイエロー、ペパーミントグリーン。パステルカラーの外壁に木枠のついた窓。豪華なプラナカン様式の住宅とはまったく違う、素朴で愛らしい佇まいだ。カンポン・モルテンの住宅は、国によって保護されているものだが、ほとんどの家は現在も住居として使用されている。プラナカンのショップハウス(1階が店舗で2階が住宅になっているプラナカン独特の住居)もそうだったけれど、数百年前と変わらない姿の家が、今もこうして街にしっくりとなじんでいるのは、そこに人の営みがあるからだろう。ガイドをしてくれた女性はマラッカ出身だという。目鼻立ちがくっきりとしたアジア系の顔立ちだが、インド系の母とヨーロッパ系の父をもつという。異なる国で生まれた両親がマレーシアに移り住み、この地で生まれた彼女はれっきとしたマレーシア人。この街で、この土地の伝統的な文化を伝えていきたいという。マレーハウスの前に、マレーシアの国花である真っ赤なハイビスカスが咲いている。その華やかな赤い花は、彼女にとてもよく似合っていた。
食で感じるマラッカの文化。マラッカに滞在していて、食べ物に飽きるということはない。ココナッツミルクやタマリンドをふんだんに使ったマレー料理は、南国独特のふくよかな味わいで、肉や魚からとるダシや中国醤油を使った中国・華南料理は日本を思い起こさせる味。インド系の人々がもてなすカレーは本場顔負けだし、プラナカンが独自に生み出したニョニャ料理は、これまでに食べたことのない味ばかりだ。ニョニャ料理の「ニョニャ」とは、プラナカンの女性を指す言葉だから、ニョニャ料理はプラナカンの「おふくろの味」といったところだろうか。中国とマレーシア、ふたつの文化が絶妙にミックスされた料理は古くからマレーシアに根付いており、オールドタウンを中心に、荘厳なプラナカン建築を模したニョニャ料理のレストランが並ぶ。たとえばおなじみの「空芯菜炒め」は、タマネギ、ニンニク、唐辛子をつぶして作ったサンバルソースとスープで炒めてあり、日本で食べるものより、さらにスパイシー。一見マレー風のカレーや煮込みも、大皿から取り分ける中国風のスタイルで食べる。今風に言えばマレーと中国の「フュージョン料理」ということになるが、これもプラナカンの建築同様、確固たる食文化として受け入れられている。プラナカンが生み出したニョニャ料理は、多様な文化が複雑に重なり合う多民族国家のなかで生きてきた彼らの、文化に対する柔軟さと寛容さの象徴なのかもしれない。
旅人を惹きつける、マラッカの魅力。レストランを出て、オランダ広場へ戻る。派手な花かざりをつけたトライショーが走り、観光客が通りを行き交っている。中国系、インド系、マレー系、そして世界中からやってくる観光客。今このとき、ここにはどれくらいの数の人種や文化が集っているのだろう。はるか昔の大航海時代、数え切れないほどの貿易船が季節風に乗って、マラッカへと運ばれてきたという。モノや人、文化が行き交う交差点には、多様な民族や文化が根付き、いつしかマラッカは世界有数の多民族都市となった。2008年に世界遺産として登録された旧市街には日々、世界中から旅人が訪れている。多様で豊かな文化とそれを受け入れる街、それが今も昔も変わらないマラッカの魅力だとしたら、風に乗ってこの街を訪れた大航海時代の人々と同じように、わたしもまた、この寛容で、懐の深い街に引き寄せられたのかもしれない。古い街並みが残る旧市街を歩くと、路地に切り取られたような細長い空に、幾羽ものツバメが旋回しているのが見えた。長屋のような家々の軒下に、それぞれが巣をもっているのだ。渡り鳥である彼らもまた、幾月かののち、この街からどこかへ渡ってゆく。そして季節の風に乗ってまた、この街へと戻ってくるだろう。あらゆるものが通り過ぎ、豊かなものを残していく。マラッカとは、そういう街なのだ。February 2013 Kampung Morten, Malacca, Malaysia
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