私のJALのジャンボとの出会いは、パイロット訓練生として入社が内定した1988年の夏でした。
旧国内線ターミナルの展望デッキで、同期たちと希望に胸をふくらませながら、離着陸する飛行機を眺めていました。その中に、飛行機にまったく疎い私にでも、一目で区別がつく機体がありました。
それがボーイング747、ジャンボジェット機でした。大きくて優雅なボディーに4発のエンジン。
あんな飛行機を、自分の手で操縦できる日が来るのだろうか?と少し不安になったことを覚えています。
入社後4年間の訓練を終え、1993年に副操縦士としてチェックアウト以来、機長昇格後も通して18年間、ジャンボ一筋のパイロット人生を送ってきました。
その間、世界中の国々を、本当に多くのお客さまをお乗せし乗務を重ねることで、私自身パイロットとして、また人間として大きく成長することができたと思います。
いつも平穏なフライトばかりではありませんでした。台風や大雪などの厳しい気象条件(機体の先端に雷が落ちたことも)。エンジンに大きな鳥が吸いこまれるバードストライク。
一刻を争う急病人のお客さま。様々な厳しい状況に何度も遭遇しましたが、ボーイング747-400は、決して私を裏切らない、頼もしい相棒でした。
退役を控えたこの数ヶ月間、お客さまとの触れあいの中で、多大なるご迷惑をおかけしているにもかかわらず、暖かいお言葉をかけていただき、また本当に多くのジャンボを愛する方々がいらっしゃることを再認識いたしました。
光栄にも3月1日の最終便(JL3098便)に乗務することとなり、ジャンボを愛する258名のお客さまの思いと共に、午後一時過ぎ、成田空港に最後のジャンボ機として着陸し、無事ラストフライトを終えることができました。
着陸後、411番スポットへの最後の地上滑走は、このまま時間が止まってくれたら良いのに…とさえ思え、気持ちの昂ぶりを抑えつつ、平常心を保つのに苦労しました。
そして最後のエンジンを止め、コックピットが静かになった瞬間、安堵の気持ちとともに、熱いものが込み上げてきました。
JALのジャンボは一旦翼をたたみます。しかしいつの日か、鶴丸を尾翼につけた真新しいジャンボが、再び日本の、世界の空に戻ってくる。
私はそう信じています。
41年間の長きに渡り、JALのジャンボをご愛顧いただき、本当にありがとうございました。
今後とも引き続き、JALの翼をご利用いただけますよう、よろしくお願いいたします。

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