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JAL's スピリット

第3回-1

新井 敦子(Atsuko Arai)

日本航空株式会社 第1客室乗員部

新井 敦子(Atsuko Arai)

「日本文化の架け橋として」

成田空港開港の翌年1978年に入社し、当時は殆どボーイング747型機での乗務・・・
そういう意味ではジャンボと共に歩んだ乗務員人生でした。

当時のジャンボの機内は、ファーストクラスの最前方映画スクリーンに加山又造画伯の絵が、他の5つのコンパートメントのスクリーンには紅葉や松などの模様が施され「機内に一歩足を踏み入れると日本」そんな印象をお持ちになったお客さまも多かったように思います。
また、日本文化を更に感じていただけるよう、サンフランシスコ、ロンドン、ニューヨーク等の長距離路線では乗務員1名が着物を着てサービスにあたっていました。着物サービスは、主に新人乗務員が任されることが多く、狭いトイレで四苦八苦し制服から着物に着替え、いざ客室に戻ると機内は真っ暗。
大半のお客さまはお休みになっており、折角着替えたのに何の役にも立たず先輩から叱られることもしばしばありました(笑)。

ジャンボは乗務員も初めて経験する2階建ての飛行機です。
ファーストクラスの優雅な螺旋階段や、前方から後方まで70メートルもある通路等、乗務する度に飛行機の広さ・大きさを実感したものです。そのジャンボで想い出に残る路線と言えば、今年の9月で運休となった南米サンパウロ線でしょうか。成田を出発しロサンゼルス*に滞在。
(*当時は成田−サンパウロ線は、ロサンゼルス経由でした。)その後サンパウロに向かう10日〜12日の勤務パターンで、当時はサンパウロ発では南米に移住後何十年か振りに日本にお帰りになる日系一世のご高齢の方々が大勢ご搭乗されていました。そんな中、有料だった機内イヤホン代金のお支払いに大切にしまっていらした昔の100円札をお出しになる方や、座席の背を倒さず姿勢を正したまま十何時間お過ごしになる方、日本が近づいてくると、夕陽に映る遠くの富士山を見つめじっと手を合わせる方。
私たち乗務員もそのお客さまの様子に、古き良き時代の日本人の姿を重ね合わせ目頭が熱くなったことを覚えています。

そんな想い出の沢山詰まったジャンボもその役目を終え、燃費効率の良い最新鋭機に空を譲る日が来ました。後進の機材にJALの再生を託し来年の桜の季節までには747型機全てが退役の予定です。その雄姿は消えても、日本文化の架け橋となった飛行機はいつまでも私たちの記憶に刻まれ続けることでしょう。そして、ジャンボを愛してくださった多くのお客さまに心より感謝を申し上げます。
ありがとうございました。

1985年着物姿の後輩と
 (お客さまが撮ってくださいました)

1986年乗務員に人気だった鶴の模様の
エプロンをつけ、ジャンボのドア近くにて

1989年ジャンボ機内 ビジネスクラス

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