


小林哲也社長が帝国ホテルに入社したのは、大阪万博を翌年に控え、“第2次ホテルブーム”といわれた年。「入社早々からご縁があったJALに、営業マンとしての自分を育てていただきました」と、若き日々をふり返る。
「4年目にセールス部に配属され、初めて担当したのがJALへの客室セールスです。JALの国際旅客部の担当の方が私と同世代で意気投合したこともあり、
JALの顧客向けサービスとして“ホテル内に専用ラウンジの設置”“チェックアウト時間の延長”など、新企画を次々と立ちあげることができました。社外のパートナーとともに、これまでにない発想で企画をつくりあげていく。そのような仕事の楽しさ、醍醐味を知ることができたのです」
今でこそあたり前になったホテルと航空会社のコラボレーションだが、当時は数々の斬新な企画が話題を集めた。さらにその後、「帝国ホテルをアメリカで売り込む」という企画書が認められ、小林氏は米国セールスの旅に出る。
「総勢4名でニューヨークをはじめ各地のJALやJTBの支店、顧客企業を1カ月かけて回りました。あの頃は、海外出張に出るのは役員クラスのみという時代で、『帝国ホテルは若手を海外に送って営業している』と業界で評判になったものです。企画書を出したら、『よし、小林、アメリカに行ってこい』ですからね(笑)。当時、開業80周年を迎えた老舗ながら、いいと思えば迅速かつ大胆に取り入れていく。なんと柔軟で革新的な企業スピリットだろうと感動したことを、今も覚えています」
1890(明治23)年、海外からの賓客をもてなす日本の“迎賓館”として開業。その特別な成り立ちゆえに、帝国ホテルの歴史は挑戦の連続であり、それが同ホテルの革新性を育んできた。
「国の要請に応え、当時の政財界が力を結集して完成した帝国ホテルは、誕生した時から“ブランド”でした。しかしそこに安住することなく、先輩たちがブランド力を磨きあげてきた。

だからこそ、たとえば、フランク・ロイド・ライトのような世界的建築家が、ライト館の設計を手がけるという、セレンディピティ(※)に恵まれることもできました。伝統というバトンを受け継ぎながら、いかに時代のニーズを取り入れていくかが、今に生きる我々の課題です。いつの時代にも“変えるべきものを変え、変えてはならないものを守る”ということが大事であり、その選択の連続が120年の歴史になったのです。私ども帝国ホテルには日本の迎賓館という原点があり、原点に立ち戻って努力をすれば、必ず正しい道が拓けると私は信じています」
最高級ホテルのトップという重責を担いながら、温厚かつダンディ。愉快なエピソードを盛り込んだ軽妙洒脱な話しぶりが、聞く者をまったく飽きさせない。その人柄に触れると、幅広い客層に帝国ホテルが愛され続ける理由がよくわかる。
「ホテルマンは“素直に、明るく、元気よく”が大事だと、日々スタッフに伝えています。そして人間は驕りやすい存在だけに、自戒の念も込めて、あらゆる意見に耳を傾けられる誠実さと謙虚さを持とう、ということも」
こう語ってくれた小林社長に、今年開店40周年を迎えた、本館1Fにある人気のホテルショップ『ガルガンチュワ』について伺ってみた。

小林哲也
こばやしてつや/帝国ホテル代表取締役社長。1945年生まれ。69年慶應義塾大学法学部卒業後、帝国ホテルに入社。セールス部長、営業企画室長、帝国ホテル東京総支配人、副社長を経て2004年社長に就任。
「個人的に大好きなのがガルガンチュワのブルーベリーパイ。これは絶品です。知人のお宅を訪問する際などに、手土産として持っていきます。自分がもらって嬉しいものを贈るのが基本。贈答品としてよく使うのは、ガルガンチュワでも扱っている帝国ホテルオリジナルのスープ缶セットですね。温めるだけでいいので、簡単でしかも美味しい。忙しい時に助かると喜ばれています」
『ガルガンチュワ』では開店40周年を記念し、新作焼き菓子『テ・ヴェール』や、以前提供されていたケーキを復刻した「スイーツ・オールディーズ」なども期間限定で販売している。
また、帝国ホテルオリジナルのチョコレートやクッキー、焼き菓子はJALUXの空港売店『BLUE SKY』 でも取り扱っている。
スペシャルな企画満載の帝国ホテルとJALのコラボレーションに、ぜひご注目いただきたい。
※偶然な幸運に出合う能力
![]()