
シャンパーニュ・サロンの「S」には多様な意味が象徴されています。
1911年にシャンパーニュ・サロンを興した、ウジェーヌ・エメ・サロン(1867−1943)は、「単一(シングル)畑」の「単一葡萄品種」から「単一年」の他にはないシャンパーニュ醸造を志しました。シャンパーニュ平原出身の彼は、ビジネスマンを目指してパリへ赴きました。毛皮商として大成功をおさめた彼は、少年時代に過ごした思い出深いコート・デ・ブラン「ル・メニル・シュル・オジェ」村の特級畑を買います。
完璧なバランスを表現するシャンパーニュを創造するために、栽培葡萄はシャルドネのみ、瓶詰めするのは理想的な収穫年のみ、と決めました。
時は、パリ華やかなりしベル・エポック時代、友人たちのサロンで彼は、ラベルのない自家製のシャンパーニュを紹介して快活なひとときを楽しみます。時をおかず、他にはない類まれなスタイルが社交界の噂になって、「買い」注文が殺到した、というのです。まだ毛皮商人だった彼は、本格的にシャンパーニュ醸造家に転向して、ファッショナブルなブラン・ド・ブラン「シャンパーニュ・サロン」に専念して優雅なスタイルを完成させました。
没後、シャンパーニュ・サロンはいくつかのメゾンの手を経て、1989年からシャンパーニュ・ローラン・ペリエがオーナーになりました。理想的な斜面にある畑は1.5ヘクタール、石垣に囲まれた貴重な区画は、ジャルダン・ド・サロン(サロンの庭)と呼ばれて、園芸植物を育てるような細心の配慮によって葡萄が栽培されております。
若くして社長に抜擢された、ディディエ・デュポンの洗練された感覚と鋭利な経営手腕によってシャンパーニュ・サロンは「奇跡のシャンパーニュ」として、唯一無比の個性を発揮しつづけています。収穫から少なくとも10年熟成されて発売されるシャンパーニュ・サロンは、清らかな果実のエッセンスが凝縮されて、繊細でエレガントなスタイル、透明感にあふれる味わいは不変です。
JALファースト・クラスでシャンパーニュ・サロンの「S」が表現する、優雅な味覚の世界をぜひ、お楽しみください。

サロン社は1914年、フランス・シャンパーニュ地方のメニル・シュル・オジェ村に設立されたシャンパンメーカーです。
原料となるぶどうが不作だった年には生産を見合わせ、ヴィンテージが手に入った年にのみ最上質のシャルドネの一番搾り果汁のみを使用して、一種類のシャンパンのみを作るという「こだわり」で知られています。
またマロラクティック発酵をさせないため飲み頃に至るまで長期の熟成期間を要し、年間の生産量は5万本程度に限定されるため、その希少価値から「幻のシャンパン」と呼ばれています。








