「コックピット日記」は4人の機長が毎月交替で、パイロットに関する話や日常の乗務で出合ったこと、ちょっとした役立つ情報などを、読者の皆さまにお届けするエッセイです。
Captain96 エンジンの始動文=南雲恒昌(日本航空機長)
春の足音が近づいていますが、いかがお過ごしでしょうか。
以前、ジェットエンジンで起こるハウリング音についてご紹介しましたが、読者の方から、このような質問をいただきました。
旅客機が出発する際、どうしてエンジンを片方から点火するのですか? 一度に両方を点火すれば時間の短縮になるし、何よりも座席にいて耳障りなハウリング音も気にならなくなると思います。エンジンの始動に決まりでもあるのでしょうか?(神奈川県・Nさん)
お客さまの搭乗が終わり、出発準備が整った旅客機は、ほとんどの場合、トーイングカー(牽引車)によるプッシュバックの最中に、メインエンジンを始動させます。その際、まず右側のエンジンから、次に左側のエンジンというのが決まりとなっており、旅客機の操作マニュアルにも記されています。
メインエンジンを始動させるためには、旅客機の後方部に付けられているAPU※と呼ばれる補助エンジンで造られる圧縮空気が必要となります。お尻の部分から、勢いよく熱風が出ているのをご覧になったことがあるかもしれませんが、これがAPUで、圧縮空気をはじめ、駐機中に必要な電力などを造っています。
さて、ボーイング767型機をはじめ、メインエンジンが二つある旅客機の場合、APUには、両方を同時に始動させられるだけの圧縮空気を造る能力がありません。そのため、両方同時ではなく、片方ずつ始動させています。
加えて、コックピットにいるパイロットからは、メインエンジンが正常に始動したかどうか見えません。地上にいる航空整備士の方
が確認するのですが、右側から左側へと順番にメインエンジンを始動させる決まりがあることで、スムーズに確認作業もできます。
では、「なぜ右側のジェットエンジンから始動させるの?」と聞かれれば、空の世界の慣習≠ニいうのが答えです。
旅客機は通常、ボーディングブリッジやタラップを機体の左側に付けるなど、お客さまの出入りには左側にあるドアを使用します。私の解釈としては、メインエンジンを始動させた際、万が一、何かトラブルがあった場合でも、すぐに左側から避難できるようという配慮があるように思います。
ちなみに、旅客機が目的地に到着して、ジェットエンジンを切る時は、左側から止めます。
次回、ご搭乗される際は、ぜひ耳を澄ましてみてください。
※APU=Auxiliary Power Unit
日本航空 月刊誌『AGORA』より(2003年から連載中)

