「コックピット日記」は4人の機長が毎月交替で、パイロットに関する話や日常の乗務で出合ったこと、ちょっとした役立つ情報などを、読者の皆さまにお届けするエッセイです。
Captain90 空の情報交換文=三輪邦雄(日本航空機長)
「このあたりは、予想していたよりも風が変化しているなぁ。会社へ報告しよう」
シベリア上空を飛ぶ飛行機の中で、私たちパイロットは雲や風の状況など、空のさまざまな情報を連絡しています。特に、東京とモスクワを結ぶ便の役割は重要で、いわばシベリアルートの「露払い」的な役割を担っています。
日本とヨーロッパを結ぶ航空機は、シベリアの上空を通過していきますが、十数年前まで、パイロットの間では「概して、シベリア上空は安全」と言われていました。大きな積乱雲はほとんど発生せず、また上空の風も比較的弱かったため、強く揺れることが少なかったからです。
しかしながら、最近は気候変動のためか、状況がかなり変わってきています。先日のフライトでも、積乱雲を避けるために50キロほど迂回しましたし、偏西風が蛇行していたり、平均時速100ノット(時速約180キロ)近くの風の影響を受けたりしました。
もちろんフライトの前に、そうした空の状況を解析して、飛行ルートを決めているのですが、雲や風というのは、実際、その場に行ってみないと分からないことが多く、先行して飛んでいる航空機からの情報が重要になります。
そこで、モスクワ便の登場です。シベリア上空を通る国際線は、ほとんどが日本とヨーロッパ各地を結ぶ路線であり、その中でも週三便あるモスクワ行き・モスクワ発のJAL便が、一番先にシベリア上空を通過することになります。そのため、このフライトを担当するパイロットは、「露払い」として、後続の飛行機に空の情報を送ることになります。
では、露払い役のモスクワ便を操縦していて、自分自身が、これから通過しようとする空の状況を知りたくなったら、どうするでしょうか?
この場合、航空機同士が交信できる無線の周波数を使って、他機に呼びかけます。シベリア上空には、ロシアの国内線なども飛んでいますので、直接、自分が通過するルートの前方を飛んでいる航空機に向かって、「揺れの状況は、どう?」などと問いかけます。また、聞きたいと思っているルート上に航空機が確認できない場合でも、ロシアの管制官が「この先、高さが一万メートル超えている積乱雲があるよ」などと、親切に教えてくれることもよくあります。
露払いとして、重要なモスクワ便。空の世界では国や会社を超え、みんなで情報を共有しながら、安全運航を支え合っています。
日本航空 月刊誌『AGORA』より(2003年から連載中)

