「コックピット日記」は4人の機長が毎月交替で、パイロットに関する話や日常の乗務で出合ったこと、ちょっとした役立つ情報などを、読者の皆様にお届けするエッセイです。
Captain79 赤ちゃんの本能文=塚本裕司(日本航空機長)
昔から「赤ちゃんは泣くのが仕事」と言われますが、機内で赤ちゃんや子供が泣くのをご覧になったことのある方も多いと思います。それも、ほとんどの場合は、旅客機が着陸態勢に入っているときということに、お気付きでしょうか?
この原因は、主に機内の気圧が関係しているもので、大人でも鼻風邪を引いているときなど、降下中に耳が痛くなったり、聞こえにくくなったりした経験をお持ちの方は少なくないと思います。
旅客機では、お客様の身体に負担がかからないように、飛行中、ジェットエンジンで作られる圧縮空気を使って、機内の気圧を調整しています。外側は高度1万メートルなのに対し、壁一枚を隔てて、機内は高度2,000メートルくらいにいる環境となっているのです。空港から飛び立った旅客機は、徐々に機内の気圧を下げ、巡航飛行中は約0.8気圧を維持します。その後、目的地に近づくに従って徐々に気圧を上げ、最終的には着陸地と同じ気圧になるように、コンピューターで調整しています。
人間の耳には、鼓膜を挟んで内側と外側との気圧差を調整するための「耳管」と呼ばれる器官がありますが、上昇中はうまく機能する一方で、体調などが悪いと、降下中は機能しにくくなります。詳しくいうと、上昇の際は機内の気圧が下がっていくので、耳管は膨らみ、気圧の高い体内から外側へ空気がスムーズに抜けて調整されます。これに対し、降下の際は逆の現象が起こり、体内よりも外側の気圧が高くなるために、耳管は圧迫されて細くなり、空気の調整が行われにくくなります。この際、風邪などで鼻が詰まっていると、より鼻と耳との空気の通りが悪くなり、気圧調整がうまくできません。
赤ちゃんや子供たちは、こうした違和感や痛みを覚えて”泣く”のですが、顎を動かすことは、圧迫されている耳管の通気を促す効果があります。つまり人間の本能で、機能回復を図っている行為なのです。大人でも、降下中に耳が痛くなったときには、あくびをしたり、ガムを噛んだりして、顎を動かすと効果的です。
ちなみに、空港の中には、この耳の痛みがあまり起こらない場所もあります。例えばメキシコシティにある空港は、標高2,230メートルほどに位置するため、気圧は巡航飛行中の機内とほぼ同じです。そのため、旅客機は機内の気圧をほとんど調整することなく着陸しています。
機内で赤ちゃんが泣いていたら、優しく見守ってあげてください。
日本航空 月刊誌『Agora』より(2003年から連載中)

