写真提供:工藤裕之(Photo office 澪)
- ◆出発地:東京
- ◆出発日:3月14日(日)〜5月30日(日)の毎日(ただし、3月20日・21日、4月29日〜5月5日の出発は除く)
- ◆最少催行人員:1名
- ◆食事:1朝食/1昼食/付
- ◆添乗員:同行いたしません。
- ◆備考:おひとり様でもご参加可能です。
襟裳岬を「昭和ムード」で旅してみる
♪北の街ではもう・・・(中略)・・・襟裳の春は何も無い春です−
森進一さんの歌う「襟裳岬」が大ヒットしたのは今から36年も前の1974年(昭和49)。歌謡界史に残る有名なこの楽曲や地図上の形の特徴から、高い知名度があります。
今回は海岸沿いに日高側から襟裳岬を経て十勝側へと旅してみます。公共交通機関だけで巡るには時間組み立て的にちょっと大変なエリアでもありますので、鉄道+タクシー利用とし、スピーディ&寒さ知らずで巡ることが出来る様にしました。
ところで旬感旅行では昨秋、現地にひっそりと生き残っていた昭和ムード漂う古参タクシー「三菱ギャラン」を発見。引退寸前のこのタクシーを今回敢えて起用します。「襟裳岬」を口ずさみながら昭和に引き戻されての、襟裳の春を旅してみることにしたいと思います。

襟裳岬付近を行く三菱ギャラン・タクシー(後方風景は百人浜方面)
浦河までは日高本線のローカル列車に揺られて(1日目)
新千歳空港駅からJRに乗って襟裳方面へと向かいます。苫小牧駅からは長大単線の日高本線に乗車。車窓風景は太平洋の大海原と、のどかな牧場風景が交互に現れます。トコトコと各駅停車でひたすら3時間。海岸線を走り尽くした感が頂点近くに達したと感じる頃、宿泊先の浦河町に到着です。

茫洋風景の中を走る日高本線の普通列車(日高門別−豊郷間)

浦河駅
襟裳岬へ、昭和ムードの三菱ギャラン・タクシーに乗って(2日目)
朝、ホテルまでお迎えに上がるのは昭和ムードを満点の三菱ギャラン・タクシー。襟裳岬を巡り帯広空港に至るまでの1日行程を、国内で現役稼動中のタクシーとしては極めて珍しい、このタクシー車両でご案内いたします。
途中、様似に入ると日高山脈の山塊が眼前に迫り、稜線が襟裳岬方面へとぐっと高度を落としながら少しづつ海へ落ちてゆく景観もご覧頂けます。ここまで来ると終点襟裳岬が近い事を実感できます。様似から1時間足らず、草原地帯を抜けるといよいよ襟裳岬に到着。岬を正面に立てば、背後の日高山脈が太平洋に沈んでゆくかの様な大景観。尖った岬というものが此処ほど解りやすく体感できるところも珍しいと思われます。

三菱ギャラン

西舎桜並木(5月上〜中旬)
なお話は前後しますが、5月上〜中旬の現地が桜開花のシーズンには浦河町郊外の桜名所、優駿さくらロードと呼ばれる「西舎桜並木」にも期間限定でご案内の予定です。
ところで襟裳岬は強風地帯として知られ、厳冬期から4月位までは北西の季節風が吹き付ける日が多いのも特徴。灯台周辺の展望台を巡った後は展示施設「風の館」に訪れてみましょう。襟裳岬の特徴や、特に強風と共にこの地に暮らしてきた人々の労苦と歴史について展示されています。とりわけ風速25メートルを実際に体験できる風洞施設は必見です。

襟裳岬灯台
【コラム1】 三菱ギャランΣ(タクシー仕様車)
1983年、三菱自動車の5代目「ギャラン」として登場。当時としては大変広い車内が好評を博しました。その後乗用車モデルに関しては6代目へのフルモデルチェンジや、ハードトップタイプの後継車「ディアマンテ」の新登場[1990年(平2)]など進化を遂げますが、どのような理由かタクシー向けタイプだけ5代目仕様のまま営々と生産が継続され、1999年(平成11)に生産が打ち切られるまで実に17年間も同一モデルで生産・販売されました。1980年代そのままのボディ規格で生産が続けられたため、見た目に昭和のムードを色濃く残しています。
今回は帯広のタクシー会社で最後の1台となって現役稼動している三菱ギャランを起用します。本来3月末が稼動期限のところをこのツアーのために延長してもらいました。ツアー設定終了の5月末に引退の予定となっています。
【コラム2】 「えりも砂漠」
明治に入っての開拓入植期に、燃料確保のため伐採した森林地帯が後年大規模に砂漠化し、昭和に入ってから強烈な砂嵐の常襲地帯となった歴史があります。沿岸漁業にも甚大な影響を及ぼし、砂まみれの生活とその荒廃ぶりは「えりも砂漠」と例えられました。
戦後間もなく住民らが一丸となり緑化へ向けての試みを開始、試行錯誤のうえ数十年がかりで現在の豊かなクロマツ林、カシワ林の復元に成功しました。これはかつてNHK番組「プロジェクトX」「襟裳岬に春を呼べ〜北の家族、奇跡に挑んだ半世紀」(2002.3.6放送)で紹介されています。現在では良質のコンブ、真ツブ、カレイ、タラ、タコ、鮭などが獲れる豊かな海が蘇り、沿岸漁業と森林の関連性を実証的に示す事例として知られています。

立派に成長したクロマツ林の中を行く(えりも町)
2日目のご昼食は町内で「えりもの春ウニと海の幸御膳」をお楽しみいただきます。積丹や利尻礼文など日本海側では6〜7月にならないと口に入らないウニの高級品「エゾバフンウニ」が、漁期の関係で襟裳岬では3月から5月末の間に味わえるのが特徴です。年中獲れる真ツブも御膳の献立で楽しめます。襟裳の美味をご堪能ください。
昼食後、広大な百人浜を経て、日高山脈の屹立した山塊が直接太平洋に落ち込むダイナミックな地勢で知られ、かつて巨額な工事費を投じて道路を敷設したので名付けられたと言われる「黄金道路」を北上、十勝平野の南端のマチ広尾町へと向かいます。広尾から帯広空港への途上、時間をみながら中札内美術村や花畑牧場、旧幸福駅といった帯広空港の近所の見どころへご案内の予定です。また、飛行機の時間まで、モール温泉で時間をお過ごし頂く事もご提案致します。

昼食(一例) 写真提供:田中旅館(えりも町)

百人浜道路
【コラム3】 1974年(昭和49)の歌謡曲・フォークソング、そして旅
1974年(昭和49)は森進一さんの「襟裳岬」の他、山本コウタローとウィークエンドによる「岬めぐり」がヒットした年。海岸沿いに走るバスでふと脳裏に浮かび自然と口ずさみたくなるフレーズです。1974年当時の北海道は夏にもなると「カニ族」と呼ばれた横長の大きなザックを背負った大学生を中心とした大勢の若者達であふれました。
上野から夜行列車と青函連絡船を乗り継ぎ、20日間有効の国鉄周遊券を片手に鉄道やバスで移動しユースホステルに泊まるなどしながら旅して歩いた時代です。襟裳岬へは浦河、様似、広尾の各駅で列車からバスを乗り継ぎ、旧えりもユースホステル(現在は民宿)に泊って1日〜2日かけ今回の旬感旅行の行程ルートを移動した様です。現在は当時より道路状況が格段に良くなり襟裳岬周辺の観光設備も整っていますが荒々しくも雄大な大自然は36年前の当時のままです。

旧国鉄「幸福駅」(昭和54年)
写真:工藤裕之(Photo office 澪)
(文:旬感旅行 石井秀俊)
浦河町内 / 浦河ウエリントンホテル

外観

